名誉市民
市では、久慈市民または久慈市に縁が深い者で、公共の福祉の増進、学芸、技術その他の文化の進展に貢献し、その功績が卓絶で市民から深く尊敬されている方に対し、名誉市民条例に基づき、久慈市名誉市民の称号を贈り、その功績を顕彰しています。
これまでに名誉市民に選ばれた方をご紹介します。
三船久蔵(みふねきゅうぞう)十段

1883年(明治16年)
~1965年(昭和40年)
身長159cm、体重55kgの小兵ながら、近代柔道の礎を築いた講道館最高位の十段にまでのぼりつめた柔道家。不断の稽古の末に、究極の技「空気投げ(隅落し)」を創案し、柔道の神様と呼ばれた。
生涯を通じて、日本柔道の発展に尽力した功績とその生涯を三船十段記念館で知ることができる。
1883(明治16)旧久慈町(現久慈市)に生まれる
1897(明治30)県立宮城県第二中学校に入学し、柔道に出会う
1903(明治36)嘉納治五郎が設立した講道館に入門する
1904(明治37)初段に昇段する
1909(明治42)五段に昇段する
1934(昭和9) 天覧試合に発熱をおして田畑昇太郎八段と特選乱取
1945(昭和20)十段に昇段する
1953(昭和28)古希を迎える。「柔道の歌」を作詞発表する
1954(昭和29)久慈市名誉市民(第一号)に推載される
1956(昭和31)紫綬褒章を賜り表彰
1958(昭和33)巽山公園に「三船記念館」設立
1961(昭和36)文化功労者として顕彰
1964(昭和39)勲三等旭日中綬章を授与される
1965(昭和40)逝去
勲二等瑞宝章を授与され正四位に叙せられる
特旨を以て位記を追賜される
1990(平成2)「三船十段記念館」開館
タマシン・アレン 先生

1890年(明治23年)
~1976年(昭和51年)
宣教師として来日後、久慈市へ居を移し農山漁民の育成、地域社会の平和と産業振興に多大な貢献を果たし、社会福祉事業の推進と文化の向上にも尽くした。
また、アレン女史との縁をきっかけとし、久慈市と女史の出生地であるアメリカ合衆国インディアナ州フランクリン市は昭和35年(1960年)に姉妹都市提携を行い、65年以上にわたり、友好を深めている。
1890(明治23)アメリカ合衆国インディアナ州フランクリン市に生ま
れる
1911(明治44)フランクリン大学を卒業
1915(大正4) 初来日
1928(昭和3) シカゴ大学大学院を卒業
1937(昭和12)久慈幼稚園を設立
1938(昭和13)久慈市に移住
1948(昭和23)農民福音学校を開設
久慈社会館附属診療所を開設
1950(昭和25)岩手日報文化賞受賞
1952(昭和27)学校法人頌美学園設立
頌美小学校開校
1958(昭和33)頌美中学校開校
酪農センター岩手酪農学校設立(旧大野村)
勲五等瑞宝章受章
1959(昭和34)フランクリン大学からH.D.L文学博士号名誉学位を授与
される
久慈市名誉市民(第二号)に推載される
1960(昭和35)日米修好通商百年記念功労米国人顕彰を受ける
1968(昭和43)勲四等瑞宝章を受章
1970(昭和45)学校法人頌美学園アレン短期大学を設立、開学
1976(昭和51)逝去
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更新日:2025年07月02日